他人事としてではなく他人事としてではなく2008/6/11 記 痛ましい事件が続く。 非正規雇用の不安が彼を押しつぶしたのだろうか。 先の見えない不安は人の気持ちを追い詰める。 彼が書き込んだ思われる携帯サイトの掲示板には、親への不満と挫折感を訴える書き込みが並ぶそうだ。 「親に無理やり勉強させられていたから勉強は完璧(かんぺき)」「中学生になった頃(ころ)には親の力が足りなくなって、捨てられた」「県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ 高校出てから8年、負けっ放しの人生」……。不本意な現在の境遇に至った責任を両親に転嫁している。 私は長男に強いたことがたくさんあるので、通ずるところがあって、胸が苦しい。 進学校に進学させようとはしなかったけれど、傷つきやすい長男に、「傷つくことを恐れるな。」と求めたのは、充分に酷であったと知っている。 障害のある弟をもつということは、生易しいことではない。 私は、長男を今も苦しめ続けているのだと思う。 息子への愛情は呪縛に等しいのかもしれない。 かと言って、事件の彼の短絡的な絶望、浅はかさを弁護しようというわけではない。 全くそうではない。 突然に理不尽に尊い命を奪われた方々にご冥福を祈ります。 傷つけられた方々のご回復を祈ります。 他府県にある会社の面接を受けて、合格通知を受け取っていたのに、自宅から通える場所でアルバイトをするという長男に、私は怒り狂った。 理解できなかった。 男なら就職して独立しろ、そのために就職しろ、それが遠方ならば、社宅にはいるのは当然のことだと攻めた。 私と次男から離してやりたかった。 外国に行ってくれてもよかった。 障害者の弟、独身の母のことを忘れて生活することをさせたかった。 長男を、選択の余地のない立場にはしたくなかった。 が、長男は、他府県に行かずに、すぐ近くのワンルームマンションにいる。 次男と私の存在が、長男をこの地に縛り付けていることは確かなのだ。 愛情は呪縛と裏腹か。 長男が煮詰まったときに、助けてやれる私でありたい。 「助けてくれ」と言ってくれる長男であってほしい。 ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|